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2007年12月30日
○野茂よ、どこへ行ったか!

最近、野茂選手のニュースを聞くことがない。大リーグへの日本人進出のパイオニアであり、アメリカ人の心に大きな足跡を残している野茂のニュースが全くない。寂しい限りだ。中米の3A以下のところで活動していると聞いたが、1日も早く大リーグに復帰して欲しいと願う。ノーヒットノーランを2回、新人王にも輝いた素晴らしい選手だ。

日本人のメジャー挑戦は村上がサンフランシスコ・ジャイアンツで5勝挙げたのが最初だが、スピードも大したことはなく米国では大きな活躍にはならなかった。かつて長嶋が全盛期の頃大リーグへの誘いがあったが、彼は結局決心できなかった。そのとんでもない世界に、私の地元藤井寺球場にいた野茂が毅然と単身アメリカに渡ったのだ。まさに一か八かの大勝負。私はこの勇気に惚れ込んだ。

1970年夏、サンフランシスコのキャンドル・スティック球場でホームラン王ミッキー・マントルの600号ホームラン記念試合が行われた。当時アメリカの大学に留学していた私は、友人とこの試合を見に行った。マントルは身体はそれほど大きくないが、5番を打っていた。4番は身長2m超もあろうかというマッコビーだ。当時ブルーというピッチャーが160km位のスピードで投げていたが、その迫力は日本の野球の比ではない。スピードとパワーが全く違うのだ。

その驚きの世界に野茂が単身進んでいった。かつて江夏もだめだった世界にだ。どうなるのかと思っていたところ、トルネードが見事に旋風を巻き起こした。野茂にはアメリカ人のファンが多い。スピードとパワー、そしてあのフォークで大きいアメリカ人選手を空振りさせる姿を見て、アメリカ人は日本のプロ野球を見直した。感謝すると共に仲間としての意識を持つようになった。ひ弱い日本人選手から自分たちと同じことができる選手を目の当たりにして親しみを感じたのだと思う。

まさに野茂の活躍によってアメリカ人の日本人観が変わった。その意味で野茂は文化的に大変大きな功績を残した人物だと思う。その価値ある野茂の姿が見られないのが残念。何とか来春は大リーグのグラウンドでその勇姿を見せて欲しいものだ。




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