日本の教育はこれでいいのか?
ここ数年、教育論がかまびろしい。特に最近における少年凶悪犯罪の現実を目の当りにして、正に日本はこういう状態で未来はあるのかとさえ思いたくなります。そこで幼少時の教育が、果たしてこれで良いのかという事について、色々な議論がなされております。

いつの時代においても、大人達から見ればその当時の若者は、大人達のいうことを聞かず、礼儀作法を知らず、そして価値観を共有しない、そういうことでは、極めて問題だという発言がなされ、社会問題に発展して行くわけですが、これが現実であります。

従って、現代における青少年問題も30年後・50年後には同じような出来事として語られるのかもしれないと、わたしは思っております。

三木 清の哲学ノートの中にも三木 清自身が「こんな事で、今の若者達はいいのか」と、明治の末年に悩んでいたというような話を読んだ事があります。

さて、私はアメリカの大学でも学んだし、また、色々な用事で世界各国に旅する事が多く、そういう中で、世界各地の若者の姿を見てまいりました。世界各地の若者達と日本の若者達を比較して見ると、どうしても言いたい事が幾つかあり、それをこれから述べていきたいと思います。


自修自立の精神
戦場に赴くアメリカの若者
先般のイラク戦争において、30万人近い米英軍が中東に派遣され、女性兵士の姿も数多く見受けられました。

その中で、20歳くらいの銃を下げた英軍兵士、あるいはイラク兵に捕らえられた30歳の米軍の母親、また、イラク兵に捕らえられた若い女性、こんなにも沢山の女性が命をかける戦場の地に赴いているのかと、びっくりされた事でしょう。この米軍に占める女性の割合は、なんと15%にも達しているということでありました。

さて何故にこれらの若者達が、勇んで戦場に赴くのか、その理由を考えてみる必要があると私は思いました。

戦場に行くもう一つの理由
もちろん、愛国心あらばこそ行くのでしょうが、愛国心だけで自分の人生が律しきれるものでない事も事実であります。

彼女達には、数年兵役を努めると軍から奨学金が出るそうです。彼女達の中には、その奨学金を元にアメリカの各地の大学に留学し、できれば、大学院も出て、必要な資格を取り、再び企業や官公庁で働こうとする人が多いのであります。

「これは一体何を意味するのか」 彼女達は、全て貧しいというわけでもありません。そうではなくて、自主独立の精神を家庭教育の中で植えつけられているからだ、と私は見ております。

裕福に甘えさせないアメリカの家庭
私がアメリカの学校にいた30年くらい前の話ですが、仲間と一緒に映画を見に行き、帰りにその中の一人の女性がタクシーで家に帰ると言い出し、我々も同乗させてもらう事にしました。

彼女の家の近くに我々は住んでいたのでそうしたのですが、彼女の家に着いた所でタクシー代を払うお金が充分でないことが分かりました。そこで母親に「お金を出して欲しい」と言ったところ、母親は頑固としてそれを聞き入れませんでした。「お金が充分でないのならば、なぜタクシーに乗ったのか」と言って、娘を責め立てました。

随分と裕福そうな家庭の家であったのですが、非常に厳しいものを感じました。そして、これがしつけというものなんだ、と思ったのであります。

アメリカ、おそらくイギリスでもそうなのでしょうが、これら西欧諸国の社会では、しつけということが当然の事のようになっていると思われます。

サービス競争をする日本の家庭
ひるがえって我国における現在の各家庭を見ると、少子化社会を迎えたためか、子供を大事に大事に育て、そして親も祖父母も子供のいいなりであります。子供に対して、父親・母親が共にサービス競争をしている家庭が多く見られます。

そういう環境に育った人は、家に帰れば何事も全て満たされるという気持ちになり、どうしても、わがままで、自己中心の人間に育ってしまうのではないだろうかと思ってしまいます。

しかし、現実の社会は、そのような自分本位のわがままが許されるものではありません。そのギャップに大きいショックを受け、ある時は引きこもりとなり、あるいは、特定の分野に漕ぎ出して、世間の批判から自分の身を隠す、そして、そのような人がご承知のような少年犯罪を引き起こすことに結びつくのではないかと思えてならないのです。


2つの夢
留学と米大陸横断
私がむかしたまたま役所から派遣されるという幸運をつかみアメリカの学校で勉強していたころ(そもそも留学することについては少年時代から強い憧れがあった)一度この広大なアメリカ大陸を自分ひとりで横断してみたいもんだと常々思っていました。

最初はカリフォルニア大学バークレー校に入学しました。運良く良い先生に恵まれて、2年コースを1年で卒業できたわけです。

そして東海岸の予め入学を決めていたコロンビア大学に入学するのに家財道具一切を車に詰め込み、念願のプロジェクトであった米大陸横断を実践しました。

13日間の感動とそこから得たもの
忘れもしない9月17日。サンフランシスコの対岸、ゴールデンゲイトブリッジがけむるバークレーの丘の麓にあるインターナショナルハウスの学生仲間から見送られて、ただ一人で車の運転をし、ニューヨークへ向けてスタートしたのであります。

サンフランシスコを北上しワイオミング州のイエローストーン公園サウスダコタ・ノウスダコタ、そこから東へ一直線に走りました。

途中30pも積もる大雪に出会ったり、あるいは大変な酷暑の中ネバダの砂漠で野宿をしたり、実際パーキングプレイス、いわゆる公園ではあるけれども車の中で一人で寝るというのは非常に勇気がいったこと等、いまだによく覚えております。遠くで犬か狼か分からないような遠吠えが夜通ししていたのもまた覚えております。

そんな経験をしながら走りつづけ東海岸のニューヨーク・マンハッタンの灯を見たのは、13日目の夜の10時頃でありました。「やったぞ」という感じであったわけですが、あの大陸を制覇した感激は今でも忘れることが出来ません。

私は青春時代にこのような感激を伴うイベントを経験する事こそ、それからの後世において色々な場面に出会った時に、自分の決断を間違いなくそして冷静に、かつ大胆に決断できる能力を育てる事になる、そんな思いをいたしております。

夢を持つこと
アメリカの若者達の言葉にこれは昔、現実に語られた話でありますが、19世紀の終りあるいは20世紀の始めの頃であったかもしれませんが、「Young men go to the west.」「若者よ。西部へ行け」という言葉がありました。

これは西に夢の国フロンティアを求めて、一攫千金の夢を持った人が東海岸から上陸し、そして大陸の奥深くはいり、さらに太平洋岸に向かって夢を求めて冒険の旅を続けた、そういった事を言っていると同時に、現代の21世紀に入ったこの時代においても若い人達を夢の世界にかりたてる一つのキャッチフレーズともなっていると私は思っております。

そういう意味で今の日本の若い人達には、不幸な事にそういった夢がないという事を非常に憂うわけであります。

夢は成功への道
1960年代ケネディ大統領が登場した時には、ピースコー平和部隊というのが形成され、世界各地にアメリカ文明を身につけた若者達が、困っている開発途上国の人々を助けるために、ある人は医療活動、ある人は介護活動、ある人はコミュニティのサービス活動、そしてある人は英語を教える、というような事を目標に夢を持って海外へ渡りました。

そして何年かして帰って来てまたアメリカでそれぞれの道で成功したのであります。

不満をパワーに
その後10年ほど経って、ベトナム戦争という非常に苦い経験をアメリカ社会はしているわけですが、このような環境の中で若者達は色々な社会の複雑さそして不公平さ、若者達の中からそういった事を身をもって感じたわけであります。

ベトナム反戦運動というのは、運悪くベトナムに派遣され、運悪く泥沼で死んでいかざるを得なかった人達と、幸せにもアメリカ国内でいつも彼女とデートをし、遊びほうけることが出来た人達、同じアメリカ国の中で、こんな差があってもいいのかという、そういった不公平感からこんな戦争は続けられないという事になって起ったムーヴメント(運動)でありました。

本当に必要な教育とは?
今の日本は平和で豊かであり、不況だとはいっても、飢え死にする人はひとりだにいません。極めて素晴らしい社会であります。

そういう中において、何を求めて努力すればいいのかを若者達は見失っているのだと私は思います。そういう意味で私は、自己規律と自立の精神を家庭・学校でもっと教えるべきだと、つくづく思うわけであります。

教育基本法を改正して日本のあるべき倫理を教えなければいけないという事をおっしゃる方が多い、私もそれには基本的に賛成でありますが、教育基本法を改正したらあるいは憲法を改正したら、全て事が解決するわけではないという事もまた事実であります。

家族愛を若者に
日本の憲法はアメリカから教えられた憲法であるのは事実でしょう。しかしながら、アメリカが日本に憲法を教える時に家族の大切さという事を本来教えなきゃならなかったのに、その事は言うまでもない事であると、キリスト教国であるアメリカにとって、家族の大切さという事はバイブル等を通じ充分教え込まれており、いまさら憲法に書く必要はないと感じたのではなかろうかと思っております。

従って言うまでもない事は書かないで、むしろ団体主義の悪い事を否定する為に、個人主義・民主主義を前面に押し出したのが今の憲法であったのではないか、そのように思います。

従って今の老人介護の問題等におきましても、いくら良い介護をしても最後の老人の幸せはどこにあるのか、それは孤独との戦いであるのは事実であります。その孤独を解消するのは家族の愛しかないというのもまた事実であります。そういう事を抜きにして養護老人ホーム等を作り、そこに預ければ全て解決だと思うのは大きな間違いであります。

人類愛・人間愛・家族愛といいますが、人間の出発地点は、この家族愛からスタートしていると私は考えるわけであります。 そういう意味で今の若者達に家族愛の大切さを教えると同時に、夢を与えることこそ日本の若者達に一番必要な事ではないかと思っている次第であります。


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