スペイン・ポルトガルを訪問して

 皆様こんにちは。遅い夏がやってきたかのような、残暑厳しい日々が続きます。日頃より温かいご支援、ご鞭撻を賜り、誠にありがとうございます。

 総裁選の後には内閣改造や臨時国会の召集、衆議院の解散総選挙など、大変慌しい政治日程が予想されています。わが国はこの夏の大変な冷夏のため、農作物の不作や被害などが多数報じられております。その影響は米作のみに留まらず、梨やブドウといった秋を代表する果物についても、日照不足により甘みがのらないという問題が起こっています。

 さて、去る八月十八日から二十七日の十日間、私は綿貫民輔衆議院議長ご夫妻に同行し、スペインとポルトガルの公式訪問に参りました。両国の印象も含め、ここでその視察報告をさせて頂きます。スペインとポルトガルは、共にEU(ヨーロッパ連合)に加盟後、急速な経済成長を遂げています。OECD統計によると、二〇〇一年のGDP(国内総生産)はスペインが五千八百十八億ドル、ポルトガルが千九十八億ドルであり、国民一人当たりの所得はスペインで一万四千五百ドル、ポルトガルで一万一千ドルとなっています。私はそのEU加盟の効果がどの程度あったのかについて、大変興味をもって視察して参りました。
マドリード スペイン広場にて

 東京からフランクフルト経由で約十五時間のフライトの後、スペインのマドリッドに到着しました。WTO(世界観光機関)のフランチェスコ・フランジャリ事務局長や、ルイス・ガジャルドン・マドリッド市長などとの会談を行い、スペインの現状などについて意見を伺いました。近年までは四%前後の高い経済成長力を維持していましたが、二〇〇二年にはEU全体の経済成長が低迷したため、現在の経済成長率は二%程度にまで低下しているとのことでした。しかし以前のスペインは、ヨーロッパ諸国の中では物価も安く、OECD統計によれば開発途上国と先進国の中間的な存在の国でした。それが今日、これほどの大きな成長を遂げていることには、EU市場の影響が非常に大きいと考えられます。

フランチェスコ・フランジャリ事務局長と共に
ルイス・ガジャルドン マドリード市長を囲んで


 マドリッドでの視察・会談を終え、我々はスペインの新幹線「AVE(アヴェ)」にてセビージャに移動しました。この新幹線は一九九二年のセビージャ万博開催に合わせて開通し、車両はフランスの「TGV」の技術供与を受けて造られた同型のものとのことでした。マドリッドからセビージャまでの五〇〇キロ弱の距離を、時速約三〇〇キロという高速で走るこの列車の乗り心地は、車内で手紙が書けるほど揺れが少なく、非常に快適なものでした。また、車内サービスも食事が付くなど大変充実しており、日本の新幹線よりも高級感あふれる印象を受けました。終着駅で列車を降りると、車掌と各車両のセールス全員がにこやかに見送って下さいました。これが国営だと聞いて大変驚きましたが、このような新幹線をはじめとして、全国土に渡る高速道路網の建設など、急速なインフラ整備により非常に便利な国になったという印象を受けました。

 ただし、スペインにおける企業の多くはドイツやイギリス、フランスなどの外国資本によるものであり、そこで働くスペイン国民も多いとのことで、スペイン固有の民族資本は必ずしも多くないようでした。スペインの方々に、外国企業の下で働くことへの違和感や抵抗がないのか聞いてみたところ、特にはない様子でした。かつてローマ帝国の時代には、ヨーロッパ全土が一つの国民であったという歴史的な経緯も、少しは影響しているのかもしれません。 日本がこれから迎えるグローバリズムの中で、外資の参入やそれら企業の下で働くことに対して、日本人はどのように感じるのでしょうか。我々日本人の感覚としてそれをスムーズに受け入れてよいのかどうか、今一度考えてみる必要があるように思いました。



 セビージャでは、コリアという町において、今回の訪問の中でも特に印象的な出会いがありました。今から約四百年前、徳川家康の了解の下、伊達政宗は軍用船の開発技術を学ぶために、支倉常長を団長とする約三十名の一団をこの地に派遣しました。この一団の数名がこの地に残ったと言われており、彼らの子孫が「ハポン姓の会」(ニッポン→ジャポン→ハポン)という集まりを作っておられ、非常に親日的な彼らと親しく懇談させて頂くことができました。

 現在も、コリアの町を流れる川のほとりには、支倉常長の銅像が立っています。今回の訪問は現地の新聞にも紹介され、我々はコリア市長をはじめとする地元の方々に大歓迎を受け、歴史のロマンに酔いしれた楽しいひと時を過ごさせて頂きました。



 コリアでの交流の後、我々はバルセロナ市内を視察してスペインを後にし、ポルトガルのリスボンに向かいました。ポルトガルの人口は約一千万人で、うち日本人は約五百人程と日本人の目立たない国ではありますが、言うまでもなくわが国とは深い歴史的関係を有した国です。ポルトガル人が種子島に漂着し鉄砲の技術を伝来したのは、今から四百五十年以上も前のことです。その後「カステラ」や「カッパ」、「ラシャ」、「天ぷら」など、日本語になったポルトガル語も数多くあります。種子島漂着四五〇周年の一九九三年には、これを記念して両国で多彩な文化行事が開催されました。街の印象としては、スペインほどの経済的な豊かさや活気は感じられませんが、EU加盟により今後の発展が期待できる国であろうと思いました。

 また、二〇〇二年四月に発足したバローゾ現政権は、財政健全化を最大目標に取り組んでいます。というのも、二〇〇一年の財政赤字の対GDP比が四.一%に達していたことが判明し、ユーロ参加国の条件である「対GDP比三%」を上回ったために、EUより過剰な財政赤字を早期に解消するように勧告を受けたからです。現在は財政赤字解消に向け、ひたすら努力しているところです。


リスボンのサンジョルジュ城にて
 リスボン郊外では、日本からの進出企業である三菱トラック工場を視察しました。巡礼地ファテマ近くにあるこの工場では、年間約一万台を生産し、ヨーロッパ全土に輸出しています。日本人従業員は僅か十四名であり、非常に頑張っているという印象を受けました。現地の軍用トラック製造会社を買い取り、更にダイムラークライスラー社の資本参入を経て経営されています。日本が誇る自動車産業においても外資の参入を受ける理由を伺ったところ、主には二つの理由があると教えて頂きました。


 一つは環境基準への対応です。各国での技術開発がしのぎを削ることにより、世界的に厳しくなる環境基準への対応に備え、世界各国の自動車産業との提携が必要というわけです。もう一つは販路の問題です。いくら日本の自動車やトラックが性能的に優れていたとしても、販路がなければ売れません。そのため、提携先の既存の販売ネットワークを利用することが販売拡大に向けて効果が高いとのことでした。



 この工場に通じる道路の両側は森なのですが、訪れた時には大規模な山火事が発生していました。草は燃え尽き、真っ黒になった木が林立している状態です。とうもろこし畑なども実をつけたまま焼けてしまっていました。これは、今年の夏ヨーロッパを襲った猛暑によるものとのことでした。

 我々のポルトガル訪問の数日前には、最高気温五十七度を記録した日がありました。我々が滞在した間の最高気温は、スペインでの五十二度だったと思います。日本よりも湿度が低く乾燥しているので、蒸し暑さはあまり感じられないのですが、直射日光を浴びるとめまいがするほどでした。その乾燥と高温のために、非常に火事の起こりやすい状態になっていたのでしょう。ヨーロッパの他国では、スプリンクラーなどで定期的に水をまくようにし、乾燥が続いても農作物への被害が出ないような措置が取られている国もありますが、ポルトガルにはそのような設備がありませんでした。そのため、今回の異常気象による影響を多大に受けてしまったというわけです。フランスで約一万人の方々がお亡くなりになられたというのも、大変残念ではありますが無理からぬことのように感じられました。



 以上、簡単ではございますが、この度の視察報告とさせて頂きます。今回の視察では、スペイン・ポルトガルの両国がEU加盟によって受けた影響を中心に見て参りました。EU加盟は、まさにこの両国にとってのグローバリズムとなったに違いありませんが、日本がこれから迎えるグローバリズムは、この両国国民と同様に日本人もすんなりと受け入れられるのかどうか――、私自身が関心を持つきっかけになりました。 十月には解散総選挙とも伝えられています。地元大阪は南河内地方を代表して国政に携わっている私としては、地域の皆様方のお気持ちを肌で感じ取り、初心を忘れずこれからも邁進したいと考えております。

平成十五年九月 衆議院議員 竹本 直一




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